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zoom RSS いじめという修辞(レトリック)

<<   作成日時 : 2006/11/24 22:24   >>

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集団による「いじめ」に耐えかねて自殺する中・高校生があとを絶ちません。これまで育ててくれた親のことを思うと痛ましい限りです。
山形県の高等学校では制止を振り切って上階の渡り廊下の上から飛び降り自殺をした女子生徒がいました。しかし、今のろっきいの環境では詳細を知ることはできません。

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「いじめ」というと、強い者が弱い者に対してとる暴力的態度という上下関係の存在を想起しますね。例えばシンデレラに対して、まま母や姉がとった態度です。

今の日本の学校の状況はどんなでしょう。
常に弱い者がいじめられるとは限りません。いじめられる者、いじめる者の関係は流動的で、いじめる者の集団に加わらないことで次のいじめの対象になったりするようです。
力が強い者の方がそれでも有利でしょうけどね。

学校の教師の中にさえ、生徒に対して「あいつがいじめられるのはわかる。いじめたくなるもの。」などと言うひどい人間が混じっています。

どうも「いじめ」という言葉の中に、弱い者はもっと強くならないといけない、というような価値観が紛れ込んでいるようです。

「いじめ」の本質はなんですか?
「集団による個人への理不尽ないやがらせ、あるいは卑劣な嫌がらせ」と言葉の定義を明確にした方が、いやがらせをしている連中の罪悪感を明確にできるのではないでしょうか。
また、弱いからいじめられるんだという無理解に対する否定にもなるように思います。

スクールハラスメント。このような嫌がらせはおそらく学校がこどもたちを抱える時間が長すぎて、学校だけがリアルな生活空間になっていることと無関係ではありません。
親や地域は子供たちを少しでも長く学校に預けておきたいのでしようが、子供にとっては学校とは別な関係や空間が求められているのだと思います。

学校の状況はまるきり日本社会の縮図です。私たち一人ひとりが住みやすい社会を作っていくことが求められているのだと思います。
嫌がらせを受けてなくなった若い生徒さんのご冥福をお祈りします。

ミクシィ日記11月24日に載せた文章を修正、転載しました。



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