公開講座6/2ラオスの歴史の話
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作成日時 : 2005/06/04 23:29
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東京外語大公開講座「ラオスへの扉」第3回は再び菊池陽子先生で、「ラオスの歴史」の演題です。
ラオスに興味を持つろっきいのような奇特な人間のために、天気の悪い中、わざわざ講座を設けていただいているようで恐縮に感じます。
ラオスの地に現在のラーオ族が国を開いたのはそんなに古いことではない。
14世紀中頃伝説上の人物でもあるファーグムがラーンサーン王国を建国する。1353年。
延喜式神名帳に八丈の神様が載ってはいるが、八丈島が史書に登場するのもこの頃。
八丈島と比較しても仕方のないようなものだが、沖縄の尚氏が琉球王国を開くのもこのころ。
明や李氏朝鮮の建国もこのころ。東アジアにこの頃、大きな変革があったのだろう。
菊池先生のお話は、よく整理されていたので、2時間はあっという間で興味深かった。
質問がでたのはクメール文化を残した先住民族との関係をどう記述しているかということ、
それから1940年代の植民地政策と1945年の日本軍の短期間の占領について。
フランスとラオスの関係も興味深いが、日本軍がフランスの役人を追放したことが、植民地解放のナショナリズム運動の触媒を果たしたというのもおもしろい。
ラオスの歴史教科書では、フランス植民地主義も日本軍国主義も人民の敵として記述されているという話。これに対して、日本はラオスの援助国なのだから教科書を書き替えてもらうことはできないだろうかという、★ばか★がいた。
ろっきい、冷静でいられず、日本のファシストが占領したって、その通りなのだから仕方ないじゃないかと、反論してしまいました。
どうも国立大学の公開講座って歴史認識のおかしなやつも混じるものらしい。
あと、今のラオスの建国の父は高額紙幣に肖像が使われている故カイソーン氏です。
ベトナムの影響下でラオス人民党を指導し、性急な社会主義化の矛盾に早めに気づいて、1986年現実的なチンタナカーン・マイ政策をとった。偉い人なのだろう。
写真は托鉢の僧から食べ物を分けてもらう子どもたち。ルアンパバーン2005年1月。
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